浄土宗 じょうどしゅう

 

源空 (法然) を開祖とし,阿弥陀仏の極楽浄土に生れて悟りを開くことを目的とする仏教の一宗派です。

源空の思想は,直接には唐代の善導の影響を受けるが,インドの世親を先駆者として考え,

思想伝承の系統を立てる場合もあります。

 

阿弥陀如来の御名(お念仏:南無阿弥陀)を称えて、極楽浄土への往生を願う事を第一とする事から、

浄土宗と呼ばれます。日本において、鎌倉時代に法然上人がお広めになりました。  

 

阿弥陀如来(あみだにょらい)

 

(左脇侍:観音菩薩 右脇侍:勢至菩薩) 浄土宗の信仰の対象となる阿弥陀如来の阿弥陀とは、

古代インドの言葉で「無量」と訳されます。

 

この娑婆世界にいる私たち人間は、尽きない欲望と次から次へと起こる煩悩にさいなまれて 生きています。

この苦悩をいささかでも脱し何かに頼ろうとして称える私たち人間を救って下さる 仏様が、阿弥陀如来です。

 

お念仏【南無阿弥陀仏・なむあみだぶつ】

 

お念仏とは『南無阿弥陀仏』と声に出してお称えする事でございます。

お念仏をお称えする事で、どなたでも臨終の際には極楽浄土から阿弥陀如来にお迎え頂ける。

これが浄土宗における最も大切な教えであり、お勤めであります。  

 

一般的に亡き人の菩提を弔う為、供養の為にお称えするとお考えの方もいらっしゃる事と存じますが、

本来は法然上人の

「生けらば念仏の功つもり、死なば浄土にまいりなん。

とてもかくてもこの身には、 思いわずろう事ぞなきと思いぬれば、死生ともにわずらいなし。」  

そのお言葉の示す通り、生活の中でお念仏を称える事こそ、 阿弥陀如来の御心にかなうわけでございます。

 

つまり、どこまでも命ある中でお称えする事が大切なわけでございます。

誰しも自らをかえりみれば、あれもこれも欲しいという「欲深い心」、

思うままにならぬと腹を立てる「いかりの心」、

物事の本質をわきまえぬ「おろかな心」を始め、 様々な煩悩に日々さいなまれている事に気付きます。

 

その至らない自分であっても、そのお念仏を称えさせて頂く事で、臨終の際には極楽にお迎え頂ける。

これこそがお念仏の功徳であり、最も大切な教えなのでございます。  

 

増上寺とご縁を頂き、念仏宗徒となられた皆様におかれましては、一遍でも多くのお念仏をお称えし、

毎日を「明るく、正しく、仲よく」お過ごし頂ければと思います。

 

南無阿弥陀仏は「南無」と「阿弥陀仏」の二つの言葉が重なって作られた言葉です。

「南無」とは、インドの古い言葉(サンスクリット語)で、「帰依する」という意味です。

分かり易く言いますと「お願い致します」という事です。

 

そして、続いて「阿弥陀仏」 直訳しますと、

「阿弥陀様、どうぞよろしくお願い致します」という事になります 。

 

宗祖 法然上人 「法然房」源空 長承2年~建暦2年(1133~1212)  一般には法然上人と呼ばれます。  

美作国(現在の岡山県)に武士の子としてお生まれになりました。

幼少時は「勢至丸」と呼ばれ健やかに成長されましたが、9歳の時に父上が政敵によって命を落とされます。  

 

父上は臨終において

「この仇、討つべからず。仇を討てば、また仇を生む。

どうかこの悪因縁を絶ち、多くの人々の救いとなる道を求めて欲しい。」との言葉を残されました。  

 

法然上人はこれを機に、仏道に入られ比叡山にて厳しい修行と学問に励む日々を過される事となります。

ただ、その中にも長きに渡り、父の言葉に応える様な心を満たす教えを見出す事は出来ずにおられました。  

 

しかし法然上人43歳の時、唐の善導大師の著作に、凡夫さえもまた救済される道、 念仏の御教えを見つけられました。

以降、その教えを広めることを決意し、浄土宗をお開きになられました。